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by 日詰明男


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two new year cards
by 日詰明男


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veja Sao Paulo
by 日詰明男
サンパウロの硬派雑誌「veja Sao Paulo」の表紙に載りました。


|| 05:37 | comments (x) | trackback (x) | ||
サンパウロにて
by 日詰明男
サンパウロに来て10日ほど。
Japan Houseという機関で作品制作しています。

まだ時差ボケがなおらず、どんなに疲れて寝不足でも、早朝3時か4時には起きてしまいます。
そんな状況の下、作品はほぼ完成しました。


これから作品を支えている12本のロープを外したり、場所を移動したり、まだまだ山はありますので、気が抜けません。
今回は新聞雑誌テレビの取材が多いです。

さてブラジルに来てまず感じたことは、食べ物が総じて固いということでした。
ある日、ブラジルの人に
「きっとブラジル人は皆歯が丈夫なのだな」
と予想を言うと、ブラジル人は「その通り」と言って「なぜならブラジル人はよく笑うから歯を大切にしている。」
とのこと。
その人は一日3回歯を磨くそうだ。
ブラジルでは歯のきれいな人ほどモテるので、ほとんどの子供が矯正をするのだとも。
子どもの方から「矯正しないと好きな子とキスができない」と願い出るそうです。
ブラジルでモテるための三大要素を教えてもらった。
それは歯がきれいであること、肌が黒いこと、そしていい香水をつけていること。
これは男も女も同じ。
挨拶のキスをするときに香る程度の香水は男女を問わぬたしなみのよう。

|| 16:59 | comments (x) | trackback (x) | ||
サンパウロ
by 日詰明男
ブラジル、サンパウロのJapan Houseで巨大な竹の準結晶彫刻を作りに行きます。


|| 23:38 | comments (x) | trackback (x) | ||
エッシャーとサイケデリック数学 講義録 その1 (静岡市美術館 2016.7/17)
by 日詰明男
エッシャーとサイケデリック数学 講義録 その1 (静岡市美術館 2016.7/17)

「流れに乗っていない船を漕ぎ進めるのはなんと遅いことでしょう。しかしその価値がすべての人に受け入れられると、その後継者が仕事を続けることはなんと容易なことでしょう。個人的な実験は、ちょうど自分自身で基礎を作り壁を立てなければならなかった建物のように、それがぼろぼろの小屋になるまで持つ見込みがあると思いがちで、仮にそうなってからでも、他人が建てた宮殿に住むよりもそこに住むことを選ぶものなのです。」(1941)

(エッシャー「無限を求めて」(朝日選書)坂根厳夫訳 p.152)


三流芸術家曰く 「彼は所詮、科学者にすぎず、芸術家ではない。」
三流科学者曰く 「彼は所詮、芸術家にすぎず、科学者ではない。」


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トンデモンのトンデモスバラシ建築
by 日詰明男
8月中旬、韓国ソウルで開かれたBridges国際会議に出席した。国際数学者会議(ICM)と連動し、ICMの参加者とも多数交流した。
私はこの機会に、今年3月竣工したばかりのトンデモン・デザイン・プラザ(DDP)に足を運んだ。
設計はイラク出身、ロンドンAAスクール卒業の女性建築家ザッハ・ハディッドである。
ザッハ・ハディッドといえば、近年わが国でも新国立競技場設計案で物議をかもしている。
明治神宮外苑周辺の古い景観を壊してまで作るものなのかとか、巨大すぎる、奇抜すぎる、金がかかりすぎるとか、機能性に問題があるとか、コンペ選考プロセスに問題があるとか、いろいろである。

私は以前、彼女の作品「ヴィトラ社工場・消防ステーション」(ドイツ)を見学したことがある。
いわゆる「脱構築主義」の典型で、さしたる感慨もなかった。
表面的な複雑性を追求するとこうなるのかな、と。

私はもちろん東京オリンピックには反対である。
ザッハ・ハディッドの案も、ドイツで体験したネガティヴな印象もあり、建てない方がいいと思っていた。

こうした既成概念を抱えて、さあ批判してやろうと意気込みつつ、東大門(トンデモン)に向かった。

ところが予想に反して、実際にこの建築に接してみて、率直なところ、この作品は歴史に残るクオリティだと判断せざるをえない。
ソウルの中心部に新しい記念碑が建てられたと思う。
一部、重力の法則に反しているとしか思えないキャンティレバー(片持ち梁)がある。このプロジェクトにおいて構造上最大の挑戦だったにちがいない。
「あのキャンティレバー部分には何が入っているのだろう?中身は空っぽの張り子では?」と疑い、探索してみると、中には入れなかったものの、ちゃんと室内空間が存在するらしいことも分かった。
とかくこの種の建築は、主体構造で冒険しすぎたあまり、内部空間までデザインがゆきとどかないことが多い。
だが、この建築では曲面だらけの主体構造のユニークさを、インテリアまで徹底して生かす工夫が一貫してなされ、それがことごとく成功していた。
以前の「脱構築主義」とは一線を画す、きわめて構築的な意図を隅々にまで感じた。その手法はエレガントでさえある。
いったいザッハ・ハディッドはいつの間にここまで化けたのか?
AAスクール人脈の有能なスタッフが加わったのかもしれない。
だからといってザッハ・ハディッドの価値を損なうことにはならない。
たとえば初代「ゴジラ」は、円谷英二や伊福部昭の貢献によるところは大きいとはいえ、やはり本多猪四郎監督の代表作品なのである。

DDPのクオリティは、ニューヨークのグッゲンハイム美術感に肉薄している。
トポロジカルな空間の流れは、フレデリック・キースラーの「エンドレスハウス」を思い起こさせる。
私はこの広大な敷地を、ひさびさに興奮しながら歩き尽くした。
スケールアウトという批判もあろうが、ピラミッドに比べればヒューマンスケールの範疇である。

私はここに二度足を運んだ。
二回目はデンマーク人の幾何学木工職人と一緒に歩いた。彼もこの建築の空間造形力に圧倒されていたようだ。
実はこの敷地の一角には、知る人ぞ知る精巧な1/200のスケールモデルが置かれている。
私のように徹底して建物内部を探索しないと見つからない場所にそれはある。
その秘密の場所に彼を案内したら、彼はとても喜んでいた。。
模型はアクリルのカバーがされていないので触ることが出来、文字通り手に取るように全貌を眺められる。
その模型を見ても、どうしてあのようなキャンティレバーが成立しているのか、不可解のままであった。

この建築は未だに地元の人々によって批判の矢面に立たされている。
ソウル市民に愛されていた古い野球場が解体され、エイリアンのような建築に占拠されたという喪失感はしばらく続くだろう。
しかし私は予言する。DDPはいずれ、世界中から見学者が訪れ、世界遺産となり、ソウルの経済を永く支えることになるだろう、と。
ちょうどパリにおけるポンピドゥーセンター新凱旋門のように。
ソウル市民が、今後いかにこの建築を活用していくかにかかっている。

東京オリンピックはともかく、もしザッハ・ハディッドに何か建築を任せるのであれば、徹底的にやらせた方がいいと思う。
中途半端が一番良くない。
中途半端に終わるぐらいなら、建てない方が良いだろう。

信じられないキャンティレバーに度肝を抜かれる。


発掘された遺跡をそのまま活かした公共広場。


内部空間。曲面を活かした棚やベンチ、机が目を引く。
奇しくも3Dプリンターのマシン群や造形物が展示されていた。


あらぬところに接続する屋外階段。
ここは民主主義階段にした方が良かっただろう。


工芸的ですらある内部階段。手すりのつけ方がまた絶妙である。
どうやって設計施工したのだろう?


いくつものランプウェイは屋上庭園を辿って手前の撮影場所まで続く。
こんなに長いランプウェイを誰が歩くのかと普通は考えるが、ここでは歩いていて飽きない楽しさがある。


おそらく彼女のインスピレーションの原典と思われるフレデリック・キースラーの「エンドレス・ハウス」(1949)

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富山大学数学者東川和夫先生の退官記念講演
by 日詰明男
富山大に行ってきました。
ユニークな数学者東川和夫先生の退官記念講演に出席するためです。
ちょうど30年前、「数学セミナー」に掲載された東川先生の論文「ひまわりのたね」が、僕の出発点だったといっても過言ではありません。
そのひまわりのたねが、フィボナッチタワーへと結実したわけです。
講演のあと、おいしい純米酒とお肴のお店へ連れて行ってくださいました。
一泊し、次の日は雲ひとつない快晴。
立山連峰に目が釘付けになります。
こんな風景を日常的に見ていると、世界観も変わるだろうなあ。
豊富な水、おいしい魚介類、薬学を中心とした科学先進県。ノーベル田中さんも富山県出身。県民幸福度では富山県は常に上位です。


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スティーヴ・ライヒのコンサート
by 日詰明男
2012年12月5日、東京オペラシティでスティーヴ・ライヒのコンサートを観た。

ライヒの作品には1980年ごろからずっと注目し続けている。
ほとんどの作品を聴いているが、ライブを直に聞くのは実はこれが初めて。
数年前に、やはりここで行われた18人の奏者のための音楽は迂闊にも行きそびれたので、今回はそのリベンジでもある。

切符を買うタイミングで一番安い席を選んだのだが、ステージ右翼の三階桟敷席で、これも悪くはなかった。
真上から演奏者全員の動きを一挙把握できるからである。
音源までの直線距離も近い。

冒頭のClapping music(1972)ではライヒ自身が演奏者のひとりとなった。
野球帽をかぶり、相変わらず若々しい。

その後、曲目はNagoya Marimba(1994)、Music for Mallet Instulments, Voice, and Organ(1973)と続く。
オルガンの音にはなんと初代YAMAHA DX7が使われていた。
私自身、今だに愛用している機種だ。
ますます親近感をおぼえる。

とにかく今回の打楽器奏者集団であるコリン・カリー・グループの技量には圧倒された。
人間業で限界と思えるほどの音の刻み、正確さだった。
演奏風景も舞踏的で、見飽きない。
超人的16ビートの間隙にもう一人の超人的16ビートが入るので、超超人的な32ビートが曲の基礎を支える、といったような。
2人の奏者が互いに向き合って共有のドラムやマリンバを叩くので、撥が時々接触する。
これも良い意味で演奏の緊張感をいっそう盛り上げてくれる。
どんな偶然も意図的な演出に聞こえるから不思議だ。
奏者の熟練ゆえの余裕なのだと思う。

シナジー・ヴォーカルズの装飾音的介入も絶妙で、面目躍如といった趣だった。
人間の肉声は万能かつ究極の楽器なのだと改めて思う。

休息を挟んでのDrumming for voices and ensenble(1970-1971)は圧巻だった。
オリジナルを超え、演奏家の独創がかなり加わっていたように思う。
特に、3台のマリンバに8人ほどの奏者がよってたかって叩きまくる部分。
音の網目が重層的に重なるにつれて、異常な現象が起こっていることに気付いた。
演奏されていないはずの和音が聞こえ始めたのである。
最初は幻聴の一種かと思っていたのだが、それは徐々に大きくなり、否定し得ないものになった。
多数のストリングスによる音群のような、あるいは息継ぎのない混声合唱のような音が聞こえ始めたのである。
「音の背景輻射」とも言うべきか。
おそらくそれはステージ上空の音響反射板、あるいはステージ背後のパイプオルガンの共振だったのだろう。
あるいはこのコンサートホール全体の固有振動数と共振していたのかもしれない。
本当に、目には見えない赤外線で上空から炙られている様な、エネルギーの圧力を全身で感じたのである。
それは今まで経験したことのない種類の快感だった。
その背景輻射音はますます大きくなり、ついに振動源であるマリンバの音を凌駕するほどになった。
このコンサートホールが、たとえでなく「楽器」になった瞬間だろう。

私の推理だが、コリン・カリー・グループはリハーサル中にこのコンサートホールの音響特性に気付き、その周波数帯を徹底的に攻める奏法に徹したのではないだろうか。
実際、演奏風景でも、一つのマリンバの特定の音階に、異常に多くの奏者が偏っていたように思う。
それはまるでマリンバの外科手術をしているかのような光景だった。

やがてマリンバの演奏者がひとりひとり演奏から離脱していっても、背景輻射音は鳴り止まなかった。
最後の一人がかなりミュートした音で演奏を続ける間も、その共振は衰えることがなかった。
こんな音響を聴いたのははじめてである。
彼らはマリンバひとつで建築を崩壊させることが出来るかもしれない。

次はぜひここでテヒリムのライブを聴いてみたいものだ。


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